2008年度 アイドルトーク 02

 

7月号 「更新

開催前から話題に事欠かなかった北京オリンピックでしたが、史上最多の204の国と地域が参加し、17日間にわたって熱戦が繰り広げられました。また、参加した選手のエピソードや競技前後の選手のコメントにも印象に残るものが多くありました。

ビニールハウスで囲った屋外プールで練習を重ねたため「ビニールハウスのヒーロー」とも呼ばれた男子競泳の松田選手は、手にした銅メダルを「自分色のメ ダル」と表現しました。決して恵まれたと言えない環境の中で久世コーチと二人三脚で歩んできた20年間の結実として、本当に「自分色」に輝いて見えたのだ と思います。

また、フェンシングで日本初のメダルを獲得した太田選手は決勝を前に「色一つ違うだけで国民の皆さんの記憶に残るか残らないかが確定する試合だと思うん で、自分が今できる最大限の努力をして挑んでいきたいと思います」とコメントしました。結果は銀メダルでしたが、胸のメダル以上にさわやかな笑顔が印象に 残りました。彼にとっても「自分色」のメダルだったからだと思います。

でも、メダルを獲得した選手だけが輝いていたわけではありません。陸上男子5000mに出場した松宮選手は競技中にアクシデントがあり、片方が裸足のま ま、最後まで走り続けゴールインしました。そして、競技後のインタビューでは「靴が脱げても脱げなくても、今の実力がこういう結果なんで、今日からまた頑 張っていきたいです」と語り、結果を靴のせいにはしませんでした。自分を認め、常に前に進もうとするその姿は本当に輝いていました。

あるテレビ局のオリンピック放送のテーマソングに「一番きれいな色ってなんだろう」という歌詞で始まる曲がありました。そして、「白か黒で答えろ」とい う問いに、「白と黒の間には無限の色があり、君に似合う色を見つけて名前をつけたら、それが一番きれいな色」と答えています。

参加した多くの選手にとってオリンピックはメダルの獲得が目標かもしれません。しかし、今回出場した約11000人のアスリートには、それぞれに競技を 始めた「きっかけ」があり、努力を続けた「理由」があり、参加した「目的」があると思います。そして、その結果にかかわらず、「自分色」の輝きをはなった 選手も多かったのではないでしょうか。

ところで、秋には多くの学校・園・所で運動会が行われます。「勝ち・負け」だけにこだわることなく、それぞれの子にとって 一番似合う「自分色」の輝きを見つけてあげたいものです。