5月9日、恐らくあの映像を見たすべての人々が、自分の目を疑ったことだと思います。それは、中国瀋陽の日本総領事館に、朝鮮民主主義人民共和国住民5人が駆け込みをする場面を写したものです。現在は、情報化社会と言われていますが、あまりのリアルさに驚きさえ感じます。この事件は、前日の8日に起こっていました。当初は、「不審者」が総領事館に駆け込もうとしたが、中国の武装警官に阻止されたというものでした。しかし、9日に放映されたビデオによって、事態は一変しました。その後の事態の推移は、ご存知の通りです。
ところで、瀋陽は旧満州時代日本の東北支配の拠点で、「奉天」と呼ばれた地です。’31年、旧関東軍(日本陸軍)の自作自演だった旧満州鉄道爆破事件「柳条湖事件」が、この街の近くで起こり、この事件が契機となって、日中全面戦争が始まっています。
現在の瀋陽は、人口700万人を超える工業都市となっています。また、朝鮮族の人々が多く住む街で、韓国系企業も多く進出し、街の一角にはハングルと漢字の看板が踊るほどの様子だそうです。だから、今回のような事件は、容易に予想出来る背景があったといいます。
今回の事件は、いくつかの視点で考えさせられました。
一つは、情報を読みとるということです。最初に伝えられたときは、まさかこんな状況だと、誰が予想したでしょうか。多くの人々は、映像を通して事の重大さに気づきました。あの「柳条湖事件」も、もし映像で放映されていたら、関東軍に騙されることなく戦争にならなかったと思います。逆に言えば、今回の事件も時代が違えば、大変なことになっているところだと思いました。生前松浦勇太郎先生が、「同和教育は、騙されない賢い人間を育てることや」と話されていました。情報を読みとる力は、人権を確立するスキルです。
次に、「不可侵権の侵害」についてです。亡命者が、総領事館に駆け込もうとした際、中国の武装警官は、明らかに敷地内に入っていました。日本は、ウイーン条約に違反しているということで、中国に抗議しました。しかし、中国は「同意」があったと主張し、見解が分かれています。もしあの映像がなければ、どのようになっていたでしょうか。
ここで思ったのは、沖縄のことでした。今年は、沖縄が日本に復帰して30周年です。しかし、沖縄は今も米軍と基地に悩まされています。沖縄の実態を考えると、今回の事件とは背景が全く違いますが、米軍や基地は「不可侵権の侵害」ではないかと思います。沖縄の実態が、映像としてリアルタイムに流されれば、日本の多くの人々も同じ思いになるのではないでしょうか。故松本治一郎さんは、「不可侵、不可被侵」を座右の銘にされていました。「不可侵権」のもとは、人権です。
三つめは、日本は基本的に難民や亡命者を受け入れていないことです。5人の亡命者が、総領事館に駆け込みを図りましたが、亡命希望先はアメリカでした。もし日本を希望していたら、どの様に対応したのでしょうか。日頃、「人権」や「人道」をどちらかと言えば軽視してきた一部の官僚や国会議員が、今回はやたらと「人権」「人道」を口にしていましたが、それでは「人道上」5人を受け入れたでしょうか。次から次となれば政府はもちろん、国民はどう反応したでしょうか。亡命者の中に子どもも当然居るわけで、受け入れる学校は、何をどう準備するでしょうか。晩年西光万吉さんは、「不戦和栄政策」を提唱されていました。今日の国際情勢の中で、評価されるものと思います。国際化と言われて久しいですが、本当の国際化はこれからだと思いました。
この事件は、「人権と共生」を具体化することの難しさと、しかし一方で急務の課題であることを教えてくれています。