人権エッセイ集

2011年度 あいどるとおく

3月号「贈る言葉」

この季節、授業中ふと耳を澄ますと、音楽室から卒業式の歌が聞こえてきます。
それとともにこれまで送り出した子らの顔が浮かんできます。

その中の一人、彼は丸い目のバイクが好きな少年でした。
中三の時、朝の会で彼の顔を見るのはごくまれ。
空き時間はよく彼を迎えに行きました。
向かうのは彼の友だちの家。
数人がそこに集まり、昼前にそろって登校というのが日課。
私たちはそんな彼らを入れ替わり迎えに行きました。

やっとのことで来たのに、彼は席に着くなり机に伏せて目を閉じます。
声をかけても反応は無し。

そんな彼が、ある時、シャーペンを握りしめてじっと思案中。
「どうしたん?」
「先生、平仮名の『れ』ってどう書くんやった?」

彼が引っ越してきたのは小学3年生の時。
当時家の状況が安定せず、彼は落ち着いて学習できる状況になかったと小学校から引き継いでいました。

そんな彼と卒業後について話すことが度々ありましたが、彼が将来何をしたいのかは聞けませんでした。
とりあえず、バイク好きを頼りに工業科へ進学することを勧めていました。
その話の間、彼とはなかなか視線が合わないまま。

とうとう明日は願書を出すという日。
彼の学力ではめざすところに受かるのはかなり難しいと思われました。
可能性だけを考えると違う選択をということになります。
でも、それは「勉強嫌い」の彼にとって全く興味のない選択肢。
「ほんまにええのか?」と尋ねた私の目をまっすぐに見て、彼は、「先生、俺何でもええねん。
ただ、高校卒業の資格だけは欲しいねん」と一言。
その時初めて彼の未来を見せてもらった気がしました。

卒業式の日、私は彼に「高校は入って終わりやない。 卒業してなんぼや」と言いました。
翌日、無事に合格…。

その後、彼は苦労しながら高校を卒業し、免許を取ってトラックの運転手になり、同級生と家庭を築きました。

私とのかかわりの中で彼らはどれだけの力を身につけてくれたのか・・・。
せめて、その子らが自分の力で進路を切り拓くときの支えとなる言葉だけでも卒業までに贈りたいと思います。

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