夏休み明け、子どもたちから聞いた、夏休みのできごと。遠くへお出かけした、家でいつも通り過ごした、美味しい物を食べた、お墓参りに行った・・・。すると一人の子が、「残念なことも、話していいの?」と言いました。内心ドキドキしながらも、「話していいよ」と答えました。
「家族で旅館に泊まって、人形忘れて帰ってん」
聞けば、お土産で荷物がいっぱいになって、持ってきた人形を入れ忘れたとのこと。学級からは「うわ、それはつらいなあ」「おれも忘れたことある」「そのあと、どうしたん」と共感や疑問の声がちらほら聞こえてきました。
そこで「同じような人、他にもいる?」と尋ねたところ、何人も手があがりました。
「電車の中に、ゲーム機忘れた」
「友だちの家に、スマホ忘れた」
「イオンで、家のかぎ落とした」
そこから、「夏休みがっかりエピソードトーク」が始まりました。どの話も残念で悔しいものなのに、不思議なほど本人の表情が晴れやかなことが印象的でした。普段、発表することが少ない子が、自分の忘れ物の話を聞いてほしくて、必死で手を挙げていました。また、はじめは興味がなさそうにしていた子も、身を乗り出して聞きはじめました。私も自分の失敗談を打ち明けて大いに盛り上がり、温かい余韻に包まれました。
子どもたちは、何気ないこの時間から、「失敗しても笑って受け止めてもらえる安心感」を得たようでした。気恥ずかしい失敗談を聞いてもらった私も、共感してもらえたことで、子どもたちをグッと近くに感じることができました。
一人一人の出来事が「みんなの体験」になり、心が近づくようなことは、普段の何気ない生活の中にたくさん散りばめられているのだと思います。悲しいことや辛いことも含めて「きいてほしい」と言えるなかまづくりのために、これからも、子どもたちが発する言葉の奥にある「くらし」をみていきたいと思います。