年長時にはランドセルで登園しようとしたり、「おれはもうすぐ1年生や」と意気揚々に文字の練習をしたりしていた我が子は4月から1年生になりました。
しかし、入学して数日経った頃から登校を渋る姿が見られるようになりました。車で大泣き、児童玄関でさらに大泣き。日頃、「登校に不安を抱える子どもを支え、なかまとつなぐために」と思い、願いを込めて取り組む立場でありながら、我が子にはどうしたらいよいかわからず、情けなさと苛立ちが溢れました。
そこで教室まで一緒に行くことにしました。思い起こせば、保育園の頃は別れ際にハイタッチやグータッチを求めてきました。気持ちを切り替える儀式だったのかもしれません。教室前でハイタッチをしてみると、表情が柔らかくなりました。結果的に1学期中、教室まで送っていくことが彼に合った登校の形となりました。それが甘いのか、多様なのか…。
当初は、「うちの子だけ大丈夫なのか」「他の子や先生方はどう思っているんだろう」と体裁ばかり気にしていました。そんな時、担任の先生が「仕事の時間が大丈夫なら、納得するまで一緒に教室へ上がって来てください。」と声をかけてくれました。この言葉は一番の心の支えとなりました。我が子のことを家庭だけで悩まなくていいんだ、学校も一緒に考えてくれているんだと思えたからです。普段、子どもたちに「言葉は相手の心に届く」と言いながら、私自身それを実感した経験は多くありませんでした。だからこそ、言葉で救われる素晴らしさを実感し、相手を思って言葉を選ぶ大切さを改めて感じました。
2学期が始まりました。登校する子どもや送り出す保護者はどんな思いなのでしょうか。9月は登校渋りが特に高まる時期です。あの日、我が家が担任の一言に救われたように、子どもや保護者の『見えない思い』を観ようとしたり、『聞こえない声』を聴こうとすることで、その心に響く『安心できる言葉』を届けていきたいです。